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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)303号 判決

原告 深見吉則

右訴訟代理人弁護士 吉村安

同 塚田武司

被告 国

右代表者法務大臣 泰野章

右指定代理人 小林秀和

〈ほか五名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五七年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決及び担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四四年七月二九日、福岡陸運局長(以下「陸運局長」という。)から一般乗用旅客(一人一車制)自動車運送事業(以下「個人タクシー事業」という。)の免許を受けて右事業を営むものである。

2  陸運局長は、原告からの右免許期限の更新申請に基づき昭和五五年七月三一日、右免許に附した期限を同五六年七月三一日まで更新する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  陸運局長が昭和五二年六月一日から適用すべきものと定めた右免許に附した期限の更新に関する審査基準(以下「旧審査基準」という。)によれば、免許期限を更新する場合における免許の期限は原則として三年とするほか、「道路交通法違反により行政処分又は司法処分を三回以上受けた場合」に該当するときは、更新期間を二年短縮するものとしている(旧審査基準2項の(7))。

4  本件処分は、原告には道路交通法にいう反則行為が三回あるとして、旧審査基準の2項(7)の「道路交通法違反により行政処分又は司法処分を三回以上受けた場合」に該当することを理由に、更新期間を二年短縮したものである。

5  しかしながら、右の反則行為は、道路交通法違反による司法処分又は行政処分にあたらないものであるから、原告は旧審査基準2項の(7)に該当しないものであり、本件処分は旧審査基準の適用を誤ったものとして違法である。すなわち、

(一) 反則行為者が納付する反則金は、行政上の一種の制裁金であり、その納付の通告は反則金の納付を通知する行政上の措置であってその納付を義務付けるものではなく、右通告は行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)上の行政処分に該当しないものである。

(二) 旧審査基準に定める行政処分とは、行訴法にいう行政庁の処分を意味するものであり、このことは免許期限を更新する際の資料となる運転記録証明書中の「行政処分の前歴欄」がそのような意味で用いられていることからも明らかである。

(三) 旧審査基準は、免許期限の更新の期間短縮に関しては、反則行為の回数を念頭に置かず、専ら運転免許停止等の行政処分を対象としていたものである。例えば、陸運局長が昭和五五年一二月一日に旧審査基準を改正した基準(以下「新審査基準」という。)では、反則点の累計が六点以上(三年間に反則点の累計が六点になると運転免許停止の行政処分を受ける。)又は違反回数三回の場合では個人タクシー事業の免許の更新期間を一年短縮するものとしているが、それと対応するのが、旧審査基準における行政処分一回の場合に更新期限を一年短縮するとの定めである。このことからも旧審査基準にいう行政処分に反則行為が含まれないことは明らかであり、そう解しないと本件処分のように新審査基準では更新期間が一年短縮になるものが、旧審査基準では二年の短縮になり不均衡が生ずる。

6  原告は、本件処分によって、一年後である昭和五六年七月三一日に個人タクシー事業の免許の期限の更新申請を余儀なくされ、精神的苦痛を蒙った。

右苦痛を慰藉するには、金一〇〇万円が相当である。

よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条に基づき損害賠償として金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五七年二月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5の主張は争う。旧審査基準にいう行政処分の意味を、同基準と趣旨目的を異にする行訴法にいう行政庁の処分と同義に解する必要はなく、旧審査基準にいう行政処分には、広く司法処分以外の行政措置、したがって、反則金納付の通告を含むものと解すべきである。このことは、旧審査基準の審査の目的が個人タクシー事業の適正な遂行を確保するための人的・物的必要条件の定期的な見直しにある以上、その人的必要条件である自動車運転者としての適格性を判定するには道路交通法の違反歴を調査することによって同法の遵守状況を把握する必要があることから明らかである。

旧審査基準は、「道路交通法違反により行政処分又は司法処分」と規定しており、文言上も道路交通法に基づく反則金納付の通告を受けた場合も含んでいると理解できる。自動車運転者としての適格性を判定するには道路交通法違反の行為の有無こそが重要であり、反則金納付の通告によりこれを納付すれば処罰されないが、不納付のため処罰された場合には旧審査基準にいう司法処分に該当することは明らかであるから、右の納付か不納付かで免許期限の更新期間が異なることは不合理である。反則行為があり、反則金納付の通告を受けた場合を右にいう行政処分に含まれないとすれば、例えば、二〇キロメートル毎時未満の速度違反のような反則点一点の違反行為を六回も重ねて一回目の行政処分(免許停止処分)を受け、更に同じ違反行為を四回も行なって、二回目の行政処分を受けた場合に、ようやく免許の更新期間の短縮ができるということになり、これでは前記審査の目的を達しえないことからも旧審査基準にいう行政処分には、反則金納付の通告も含むと解すべきである。

原告は、陸運局長が旧審査基準を被告主張の趣旨どおり運用していたことを知悉していたものである。

なお、原告の主張に係る運転記録証明書は、陸運局長とは別個独立の自動車安全運転センター福岡県事務所長が発行するものであって、陸運局長の定める審査基準と直接関係はないし、また新旧審査基準の対比による主張は旧審査基準の誤読(原告の指摘する部分は道路運送法違反の場合である。)によるものである。

3  同6の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

二  次に、請求原因5について判断する。

まず、個人タクシー事業の免許に附された期限の更新は、道路運送法一二〇条二項の趣旨に従い、これを許すことが公衆の利益に反しないかどうかを基準として審査すべきものであり、その判定をするため内部的に個人タクシー事業制度に即した具体的細目的審査基準を設定すべきであり、設定がなされた以上、その審査基準を公正かつ、合理的に適用しなければならず、仮に右適用を誤まれば裁量を誤ったものとして違法の問題が生じうることはいうまでもない。

原告は、旧審査基準2項の(7)にいう「道路交通法違反により行政処分又は司法処分を三回以上受けた場合」の中には、道路交通法に基づく反則金の納付の通告を三回以上受けた場合は含まれないものであると主張するので、右の旧審査基準にいう「行政処分又は司法処分」の解釈について検討する。

1  まず、旧審査基準2項の(7)にいう「行政処分又は司法処分」の文理解釈として、その中に「道路交通法に基づく反則金の納付の通告」が含まれるか否かは必ずしも自明であるとは言い難い。

2  《証拠省略》によれば、陸運局長は旧審査基準にいう「行政処分又は司法処分」の中には、道路交通法違反による運転免許の停止や罰金等による処罰だけではなく、前記反則金の納付の通告をも含むと解して同審査基準を制定し、そのように旧審査基準を実際に運用していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  個人タクシー事業は、当該事業主が自己の保有する自動車をもってそれに自ら運転者として乗務し、旅客の運送に当る事業であるから、右事業の免許後においても当該事業主の自動車運転者としての適格性を定期的に見直す必要があると認められるところ、右適格性の判定にあたり、事業主の道路交通法違反の反則行為の有無・回数を斟酌することは重要、かつ、合理性があり、右反則行為の有無を全く顧慮すべきでないとすることは妥当でないということができる。

4  道路交通法にいう反則行為は、本来犯罪を構成する行為であるが、事件処理の迅速化の目的から行政手続としての交通反則通告制度による処理が計られているものであることは同法の規定に徴して明らかである。

したがって、右の反則行為があり、一方、反則金納付の通告を受け、反則金を納付することにより刑事手続によらないで事案が終結した場合と、他方、反則金を納付しないで罰金刑などに処せられた場合とを対比するに、個人タクシー事業主の自動車運転者としての適格性の判定にあたっては、両者に差異を設けることは均衡を失するものというべきである。

5  右1ないし4に述べた文理解釈、制定者意思、旧審査基準制定の目的などを考察すれば旧審査基準2項の(7)の「行政処分又は司法処分」の文言は、その表現において適切を欠く嫌いがあるにしても、右「行政処分」の中には、行政手続としての道路交通法に基づく反則金の納付の通告を含むものと解釈するのが相当である。

原告は、反則金納付の通告は行訴法上の行政庁の処分に該当しないから、旧審査基準にいう「行政処分」にあたらないと主張するけれども、旧審査基準と行訴法とはその目的を異にするものであるゆえ、必ずしも両者を同一の意味に解すべき必要はなく、原告の右主張は採用できない。

6  してみると、原告に道路交通法にいう反則行為が三回あったことは原告の自認するところであるから、本件処分は旧審査基準の適用を誤った違法なものであるということはできないことが明らかである。

三  以上の次第で、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅原晴郎 裁判官 有吉一郎 井口実)

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